2013年2月23日土曜日

認知症と愛。

昨日職場で研修があった
毎年恒例のテーマ
「認知症ケア」
介護の仕事に携わっていつのまにか10年が経とうとしている

この10年
様々なおじいちゃんおばあちゃんのケアをさせていただいた
そして思うこと
ストレスがいかに怖いか

一概にはもちろん言えないけど
認知症の方はとてもこだわりが強いように思う
こうでなければならない
こうしなくてはいけない
きっとそうやって真面目に生きてきたんやろなーと思う節が多々ある
それはもしかしたら無意識のストレスとなって蓄えられ
あるとき
認知症という形になって現れるのかもしれない
加齢による認知症はまたちょっと違う気がするけど
アルツハイマーなどはそんな気がするんだなぁ
ふとした手の拭き方とか
洗濯物のたたみ方とか
何か自分なりのルールがあって
几帳面な方が多い

そして
怖がりだ

何かを恐れている

何をそんなに恐れるんやろう?

こだわりが崩れることへの怖れ?

独りになることの孤独?

昨日学んだ中にこんなのがあった

認知症をもつ人たちの心理的ニーズ(トム・キットウッド)
寛ぎ(comfort)/自分らしさ(identity)/結びつき、こだわり(attachment)/たずさわること(occupation)/共にあること(induction)

そのいちばん真ん中にかかれてあったこと
愛・Love

これらが満たされたとき認知症の方の周辺症状(暴言・暴力・不眠・徘徊など)は緩和されるという
介護する側が相手の立場に立ち共感し調和していくこと
それが「愛」なんやな

たっぷりと愛を注いだら
カチカチやったハートもゆるんで
安心して執着しているなにかを少しずつ手放せるかもしれない
手放していくと恐れも少しは減っていくかもしれないな

恐怖や孤独に怯えながら亡くなる方がどんなに多いことか

じーちゃんばーちゃんは人生の大先輩として身体を張って気づかせてくれてるんやな

自立することの大切さ
自立って強さとゆるぎない深い愛があればこそ
そしてストレスためんようにリラックスしていれること
これほんま大事やな

介護する側も愛でみたされていないと虐待などの恐ろしい結末につながってしまう

する側もされる側ももっと肩の力抜いてリラックスや
介護疲れして参ってしまうまえに充電しとかなきゃ
なにか手放せるものがあるはず

今朝90になるおばあちゃんに長生きの秘訣を聞いた
「のーんきにおることや」

いつでも機嫌よう笑って過ごせるお年寄りになれるように
のーんきに参りましょう~

 
「恋する老人たち」荒木経惟