2018年11月6日火曜日

重ねてみた。

ひさーーーしぶりに

重ねました

思いっきり我流で 笑



キノコの重ね煮カレー

残りもんで作ったので

ゴボウとか入ってる



日本のカレーもおいしーわ


















2018年11月4日日曜日

To forgive.

ここんとこ

お悩み相談だったり、雑談だったり

そんななかでドンびかれることを発することが多くなりました

「えーーー、そんなんできひんわ」

「そんなんしたら迷惑かけるやん」

とまわりがドン引くことです

そう、その通りです

常識のかけらもないことを言うてます

そしてその言葉は実は相手だけでなく自分に言い聞かせてるのです

端っこにいっちゃった自分にとっての

生まれてから今日まで培ってきた”正しい”と思ってきた常識を

あえてぶち壊すかのように

ブっ飛んだことゆうてます

端っこにふれてしまった振り子を真ん中に近づけるかのように

でね

ややこしいんだけどそれもほんとうはどっちでもいいの

端っこによってても

真ん中でも

ちゅーとハンパなとこでも

”そう観ていられるか”

それだけなん

だってほんとうは端っことか真ん中とかないから(笑)

で、そう思えるまでの道のりが生きるってことやし

ヨーガって呼ぶんだと思う

別の言い方をすると

どんどん赦していくことが生きるってことなんちゃうかなって

こうしちゃダメ

そんなんおかしい

そんなことをちょっとづつ赦せるようになっていくこと

で、赦せないこともオッケー!って赦していくこと

ぜんぶぜーんぶ受け入れたら

シャンティやんって思うんだなぁ

なので自分に言い聞かせるように

ぶっとんだことゆうてます

ほんとうのほんとは

ぜーーーんぶオッケー

でもそこにたどり着くまでの過程が生きるということの醍醐味のような気がする

だからそれはあかんやろー!

ってことがあったらちょっとじっくりその

”あかんやろー”

を味わってみて。

おもしろいから。

手塚治虫さんのマンガが中国でまんま盗作されたとき

どうしたか。

無償で盗作を手直ししてあげたんだって

”あかんやろー”

の常識を超えた行動。

「インドのあかんやろーーー!シリーズ」


耳が・・・服が・・・


ハロー、鍛え抜かれた筋肉。


グリーンフェイストーマスくん


ツノが何本?


テレタビードラ!

そしてここからはクイズです。

さてこのキャラは何と何が合体してる?




何でもアリって

豊かだ。









































2018年10月19日金曜日

スペースのつくりかた。

昨日のタットヴァヴォーダのお勉強会

”感情と私” の間にスペースを作る

そんなお話の時

じゃあ具体的にどうしたらそうできるのか?

という質問が。

仕事や家庭やお友達との間に起こる様々な出来事

その時、沸き起こる感情にスペースを作るって

どんな風にしたらいいのか

ゆっくり呼吸するとか

具体案がいくつか出た

今朝、ふとその話を思い出した

そういやあたし、最近

なにか目の前で思い通りの結果が出なかったり

喜怒哀楽の感情が湧き上がってきたら

”あたし、この感情が見たかったんや”

”このことを経験したかったんや”

そう思うようになったなぁ。

少しづつやけど。

もちろん気に入らないことだってたくさんあるけど

それでも

”そうかあ、これが見たかってんな”

と思うように少しづつなってきてる

降りかかってきた災難だって

ただそれを経験したかったからなんや〜って

自分のこと以外で悩まされたってそれはやっぱり自分がどう感じるか

それ、見たかったんやわ

そう思うとそのいろんな感情はす〜っと自分の中に溶けていくみたい

相手ではなく自分の中に溶けていく感じ

目の前のことは全部自分が見たかったこと

それを思い出すようにしてる

沸き起こった怒りも悲しみも

見たかっただけ

時々自分にこんな感情あったんや!って驚くときもある

へ〜〜〜ってね

怒っても悲しんでも喜んでもぜんぶいい

それをおさえたりしないで

へ〜〜こんな感情あったんや〜っておもしろがる

”人間は肉でしょ
気持ちいっぱいあるでしょ”  全東洋街道 藤原新也

この言葉

折に触れてなんども出てくる

気持ちいっぱいあるんだから

それを味わって楽しもうと思う

あ〜昨日思い出せばよかった 笑

とりあえずチャイ飲むってのがいちばんよかったりして


はい、どうぞ!
























2018年10月11日木曜日

旅のおわりに。

インドにて

旅の終わり

マドゥライのシバナンダアシュラムにきている

意外とスケジュールがぎっちりなんだけど

あいた時間に本を読む

今いちばんはまっている本

「日日是好日」

この本には今の私に必要なことがたくさん記されてある

ティーチングについて

「教えないことで教える」

この本の作者の茶道の先生は手順しか教えない

何年も何十年通っても

教わるのは手順

そしてそっと気づきを促すように季節の茶器や掛け軸などが飾られているだけ

言葉にせずに待つということがどれだけ大切か

そしてどれだけ難しいことか

成長を見守ることの重要さを思い知らされる

そして迷っていることについて

「このままでよい、ということ」

これからのことをいろいろ考えてはみるけど

答えが見つからない

いろんなことを決断することも大切だろうけど

やる、やらない

やめる、やめない

それをはっきり決めなくてもいいじゃないか

ということもおんなじくらい大切なんやね

このままでも、いい

その時がきたらそうする

そういう選択肢もある

答えはすぐにでなくでもいい

焦らず楽しみながら歩いていこう


楽園のような景色を前にじっくりと行うシバナンダヨーガ

静けさの中に広がる無限の楽園





























2018年9月22日土曜日

歯ぁより大事なもん。





チェンナイに無事到着

雨季の終わり

しとしと雨の日もあれば晴れて暑い日もある

前回もお世話になった学校近くの宿





明るいバルコニー付き



リビング、台所、バスルームは共用

落ち着くわー



毎日チャンティングの学校へ

1日4クラス

ベーディックなマントラやシュローカ

英語だし、先生の舌の動き、息の吐き方、音のつなげ方

プライベートレッスンなので集中力ハンパないです

夕方にはバタっと倒れてお昼寝

涼しくなるころぶらぶら散歩に出かけます

8時くらいに寝て5時くらいに朝起きて

ヨガして

昨日のチャンティングのおさらいして

近くのお寺にお参りして



お寺内は撮影禁止なので入口にあるガネーシャ様をパチリ



朝ごはんは決まってポンガルとワーダ、ときどきイドゥリ

もうたまらんくらいおいしい

宿の近くの食堂

お昼のミールスも最高!



食後のチャイ



スパイシーなごはんにチャイが合うーーー



学校へ行く道々



インド人は地べたに座るのが好きです



ひとりで座ってたりたむろってたり



仕事があるんだかないんだか



仕事中に仲良くアイス食べてるインド人

コンプライアンスなんてクソ喰らえ!やなー



タミールナドゥ州の警官

このあとコーヒーご馳走してくれました



車がブンブン通ってても

牛もリスもヤギも

大きなキツツキだっている





そして緑が生い茂る大木だらけ



鳥の巣もある



あちこちに花が飾られ

















インドにいると忘れてたものが呼び覚まされる



ノラワンコにお薬を塗ってあげてるおっちゃん

撮った写真をコピコピ!っていうので

住所教えてって言ったら

「エブリデイ、エブリイヤー ヒアー」

そう言ってガハハと笑った

歯より大事なワンコのお薬

・・・・・

いつかきっとまた写真コピコピして

いつもの おんなじ場所へ

渡しに来よう







































2018年9月17日月曜日

Go Go South India !!!


気づけばもう出国

関空閉鎖で飛行機は名古屋から?

と思って味噌カツ食べる気満々でしたが

無事関空から飛び立ちます

慌ただしい日々にちょっとサヨナラして

の〜んびりとしてくるね

2年ぶりのチェンナイ

ああまたあの屈託のない笑顔に会えるのかと思うだけで

胸がきゅんとなる

まずは大好きなチャンティングの学校へ

もちろん今回もアボが取れないまま  

学校行ってから直談判でクラスを受けさせてもらう予定

お約束やね 笑

プライベートで受けるチャンティングのクラスは

ほんまに至福の時間

今回はどんなチャンティングを習うのかな

楽しみやあ

クラス以外はぶーらぶら街をひたすら歩く

チャイとポンガルとミールスとコピ(コーヒー)

宿のすぐそばの食堂のウッタパムも美味しいんだー

今回の旅はほーんと中身が濃いよ

学校、ラマナアシュラム、バンガロール、パンピ、マドゥライ

最後はマドゥライのシバナンダアシュラムで汚れた心身を浄化してまいります


栗ご飯がまだ作れるうちに帰ってくるね

ほなら行ってきまーす
















2018年9月12日水曜日

日々是良日。

「日日是好日」

いま読んでるお茶の本

秋には映画も公開されるね

この本

初心にかえらせてくれることがたっくさん書かれてる

お茶を習い始めたまだ若い主人公の典子

やることなすこと事細かい決まりがあって

もう頭はパンク状態

なぜそんな動きをするのか?

理由が知りたくて聞くと先生は

「なぜでも、いいの。とにかくこうするの。」

こうしたほうがいいじゃん

っていう動きがたくさんあるのでまた聞いてしまう。

そうすると先生は

「意味なんかわからなくてもいいから、そうするの」

という。

メモもダメ、考えてもダメ。

淡々と動きを真似て繰り返すだけ。

「それがお茶なの。理由なんていいのよ、今は」

学校の先生なら質問すれば褒められるのに

逆じゃんって思ってしまう。

こうやってああやって・・・と考え始める

「あー考えない考えない」

と言われる・・・

するとある日

次の動作に勝手に流れるように気づけば手が動いたのだ

「ほらね、頭で考えなければいいの。もっと自分の手を信じなさい」

ぎごちなく言われるがまま動かしていた所作の点と点が繋がって

ひとつの線になった瞬間だった

おおーー!

私たちは考えて行動しなさいって教育されてきた

もちろんそれも大切

でもそこに偏ってたら大切なもっと根源的なものの声を聞けなくなってしまう

ヨガのプラクティスもおんなじ

はじめに頭で理解しようとすると

大切な本当の声を聞き逃してしまう

だってそうやって生きてきたんだもん今まで

もっともっと身体を信じてみよう

考えなくても流れるようになっていくから

繰り返し練習することによって

全ての動きが線となって繋がり

美しく流れていく

チャンティングもしかり

あの響きを楽しもう

もっともっと五感を楽しもう

まずはそこから

そのさきに意味は繋がっていって

ようやくストンと腑に落ちてく

遠回りだけど近道



「日々是良日」

いい日、悪い日という二元性から解き放たれ

全てをあるがままに生きることこそ良日と言う禅語。


泣いても笑ってもイイ。