2023年1月25日水曜日

自称アフターコロナのインドへ行ってきた〜日本へ帰れない!最終章

positive reaction diary Episode 5

⁡

7月16日 7時前、ホットミルクが運ばれてきた。お、今日はノンシュガルだ。ミルク本来の甘みが美味しい。



ミルクを飲んでいると、看護師が”ユー、ネガティブ”と、笑顔で言う。

え?ほんまに?!ええーーーー“証明書はお昼に届くから”と教えてくれた。

“今日、ほんまに退院できるんですよね?”念を押してもムダだとはわかっていつつも、聞いてしまう。”イェース、リチャージトゥデイ”ほんまかいなーほんまやったらうれしいな、と淡い期待を抱く。

本日もミラクルな液体2本注入。

朝ごはんのイドゥリがきた。食べ終わると錠剤を主任っぽい看護師が持ってきてくれる。

“10時半にラマナアシュラムのカンナムさんが迎えに来るから退院の用意してね”

と言うではないか!やったあ!やったぞ!今日こそ退院か!

“診断書は書いてくれましたか?”と聞くと、退院の時に出るから。と言う返事。

退院の用意をする。

もちろん、10時半を過ぎてもだあれも来ない。

11時過ぎ、チャイが運ばれる。飲む。美味しい。チャイは裏切らない。

11時半、突然カンナムジが部屋にきてくれた。

“今から支払いをします。キャッシュはありますか?デポジットを支払っているのであと17000ルピーです”

”クレジットカードならあります”

”オケ、そしたらついてきなさい”

お会計の場所まで行き、カードを差し込むがエラー。2枚目のカードもエラー。

インドではちょくちょくあるのだが、カードがナショナルカード対応でないところがあるのだ。インド国内のカードのみ、というやつだ。そんなの持ってるわけがない。QRコードを読み込むタイプもあるが、これもインド人向け。

一番使えるのはGoogle Payのようだ。

この度で何回かカードが使えずに、Google Payは?と聞かれた。私はそれを使ったことがない。

ATMに行って、現金を引き出し、ここへ支払いにくるしかないな、、、と思っていたら

”今からアシュラムに戻って現金を持ってきます。アシュラムが建て替えておくので、あなたは部屋でランチを食べて待っていてください”

えええーーー

とりに帰ってくれるんですかあ!!!

もう、申し訳ないやらありがたいやら、、、

しかもご飯の心配まで。神である。

部屋に戻り、ひと息ついているとほんの4、50分ほどでカンナムジが戻ってきてくれた。

支払いをすませ、診断書も持って。診断書の中には陰性証明も挟んであった。

“荷物はまとめてますか?

ごはんは何がいいですか?

今から一緒にアシュラムに帰ります。看護師さんたちにいくらかお礼をしなさい”

500ルピーを看護師さんたちに渡し、お礼を言って病院を出る。




オートリキシャが待っていた。

“私はバイクでついていくからこれに乗って”オートリキシャで20分ほどでアシュラムに戻る。



アシュラムのひとり部屋を案内してもらう。

“ランチを持ってくるからゆっくりしてなさい。お水はありますか”

何から何までとはこのことである。ほどなくしてランチを持ってきてくれる。



“食べたらATMに行って、お金を返しに事務所に行きます。ありがとうございます”というと、”急がなくても大丈夫。お金は明日でもいつでもいいから”

生き神様である。

ランチを食べて、ATMに行き、アシュラムの事務所へ。

もうひとり、大変お世話になったショーン・コネリーにそっくりなアシュラムの方が、私を見て”よかったね”と話しかけてきてくれた。

ショーンもめちゃくちゃいい人である。

カンナムジを呼んでもらい、借りていたお金を返金する。救急車代やら、病院代やら、全てを立て替えてくれていた。

“本当にお世話になりました。助かりました”

そういうと

”とんでもない。バカヴァーンの思し召しです”

そう言って事務所に飾ってあるラマナマハリシの写真を指差した。

泣ける。

泣けた。



72時間以内に帰国しないといけないので、急いでチケットをとる。

残り少ない時間ギリギリまでインド人と戯れる。

しばしアルナーチャラの様子をご覧くださいませ。


















マントラを唱えながらお花にお水をあげていたおじさん。








なんだかんだあった今回のインド旅。

やけど

やっぱり帰りたくなーーーーい!

神々とお花とチャイと。

そしてお節介がすぎるインド人にまた会いにゆきます。











2023年1月16日月曜日

自称アフターコロナのインドへ行ってきた〜日本へ帰れない!編 Vol.4〜

positive reaction diary Episode 4 ⁡ 



7月14日 今朝も看護師さんがホットミルクを配りに来てくれた.
今日はシュガルが別になっている!おお!これで飲める。 改めてシュガルを眺める。大量だ。


今日も同じルーティンで食事、服薬、注入、お茶が滞りなく遅れてやってきた。
部屋の掃除が何故か午前、午後、2回もある。 履いて、竹の持ち手のモップで拭き掃除。
トイレも消毒液みたいなので洗う。 もちろんササっとなんですぐ終わる.
庭の方は別の人がお掃除をする。 目が合うと、お金を要求される。 
小さな現金がなくてあげられないのが申し訳ない。ごめんなさい、と謝る。


日中は瞑想で過ごす。
本日はシバナンダジのマハサマーディである。 
スワミジのバンガロールからプージャの中継があるので参加する。
ジャヤガネーシャを歌い、プージャの進行を見守る。とっても清らかな気分だ。 寝る。



7月15日 今朝も同じくホットミルクが届く。 今日は大量のシュガル入り。 
なぜか少し甘くなく感じる。慣れてきた様子。
朝8時。 看護師さんがPCRのキットを持って入ってくる。いよいよ検査だ。
陽性に決まっている。 まだ6日しか経っていない。 渋々検査を受ける。
万が一陰性なら72時間以内に出国しないといけないのでフライトを調べる。
なかなかいいのが見つからない。 陰性証明が出るのは次の日。検査の日付が16日なら乗れそうなフライトがあるので、間違えないよう日付は16日でと念を押す。
15日退院と聞いていたので、“今日退院ですよね?”と確認する。
“そうだ”と看護師が言う。 朝ごはんをたべ、昼ごはんもたべる。



退院の様子がない。 “何時に退院か?”と聞くたびに12時、次は14時、そしていよいよ18時と言われる。 “ドクターの診察終わってから退院” と言うのでとりあえず待つ。
夕方に、晩ごはん何にする?と聞きにきた。 いやいや、退院ちゃうの? 晩ごはんまで食べるの? 退院は? と聞いたらさらっと”明日”と言う。
はい、出ました。こうくればもう諦めるしかない。晩ごはんを頼み、退院のつもりで片付けた石鹸やら歯ブラシやらを再び出す。


と言うことで本日も変わらず注入とタブレットを飲み、夜はタミル語のテレビ。
くるくるチャンネルを回していたら、シルディサイババのドラマをやっているではないか! 
真剣に観る。タミル語だけど観る。 ええとこで、終わる。
別の番組が始まってしまった。あれは続きものだったのだろう。残念だ。最後までみたかった。 寝る。



こんな珍客もやってくる。


2023年1月6日金曜日

明けてました!


あけましたあああああああ

昨年も大変お世話になりました。
今年もよろしゅうお願い申し上げます。

今年も変わらず「機嫌よう過ごす」を軸に
「すべての所作を丁寧に」
「楽しむ修行」
を今年の抱負にいたしました。

具体的なところでは「ギーターを訳す」

これは

たまらなく子供が可愛いお気に入りYouTubeを観ながら訳して

ギーターのお勉強と英語のお勉強の一石二鳥を狙っております。

三日坊主にならぬよう今年一年やってみようと思います。

16日月曜日からはLotus8のオンラインクラスが新たに始まります。
13:30〜14:30
わくわく☆

みなさまが、機嫌よう過ごせる一年になりますように。

Hari om tat sat.


インドの”日本に帰れない”シリーズもアップしていきますね〜






 

2022年12月16日金曜日

自称アフターコロナのインドへ行ってきた〜日本へ帰れない!編 Vol.3〜

positive reaction diary Episode 3 ⁡ 

7月13日 7時前、看護師さんがホットミルクを配りに来てくれた。

甘い。非常に甘い。歯が溶けそうだ。 インドのミルクは何も入れなくてもほんのり甘く美味しい。シュガルは入れなくてもいいと思う。

透明の液体2本を注入。 8時半に朝食が届く。 イドゥリだ。美味しい。




お天気も上々で、風が強く吹いて気持ちいい。 入浴剤みたいなあの錠剤ふたつ、食後に処方される。 いいのか悪いのか、私は郷に従うのが得意だ。飲み込むのもちょっと慣れてきた。

午前中は気持ちがいいのでドアを開け放して、せっかくだから瞑想に勤しむ。 いつも通り1時間以上遅れてチャイが運ばれる。 コーヒーも選べるけどチャイをオーダーしている。 ひよこ豆を茹でただけな感じのスナックも付いていた。カレーリーフも一緒に茹でてるみたい。 素朴で美味しい。

ドクターの回診。特に異常なしと伝える。 退院の日はいつ?と尋ねる。 “フライデー”と言ったので、それまでに診断書を用意してもらうよう、記載事項も伝えておく。 大幅に遅れてランチが運ばれる。 バナナの葉に包まれた大量のごはん。 少なくしてと頼んだけれど、もちろん聞いちゃあいない。

 PCRでお世話になった男の人が来た。 どうやらここの病院の人だったらしい。 金曜日に再検査するという。 ちょっと待って?!早過ぎひん? 実は看護師の娘に聞いたら、PCRは感度がよく、感染力がなくなってもしばらく陽性に出るっていうのだ。慌ててググってみるとなんと平均20日以上出続けると書いておるではないか。 ヤバい。帰れない。娘の務める病院も10日の隔離期間が過ぎれば検査なしで復帰可能だそうだ。検査しても陽性が出やすく、そうなるとなかなか仕事復帰出来ないかららしい。 “まだ1週間ほどなのに検査?そりゃあ陽性になるに決まってる!”というと”ノーノーノーネガティブ、ネガティブ”と、看護師と一緒に笑いながら答える。 もしこれで陰性なら逆に怖い。 なんなんだ?!あの液体は?あのタブレットは?!謎が謎をよぶ。

再び遅れて3時のチャイ。 部屋の前の庭をぶらつく。 奥はシーツなどの洗濯場になっている。 ちゃあんと神様も祀ってある。



風でグルモール(鳳凰樹)の花がたくさん落ちて赤い絨毯になっている。 この解放感があってよかった、とつくづく思う。



ちゃんと遅れて晩ごはんが運ばれる。 ドーサをオーダー。 美味しい。 本日も3回2本の注入と2個のタブレットを服薬。 

夜はテレビでシヴァ神とパールバディの神様ドラマを観る。かなりぷっくりしたシヴァ神とピアスやら髪飾りやら、アクセサリー全てルドラクシャでキメキメのパールバディ。 話はタミル語なのでさっぱりわからない。 もう寝る。






2022年11月30日水曜日

自称アフターコロナのインドへ行ってきた〜日本へ帰れない!編 Vol.2〜

⁡ positive reaction diary Episode 2 ⁡

7月12日 部屋に案内されてしばらくすると主治医であろう女医さんが入ってきて、簡単な質問をする。 だるさ、熱はないか?喉は?などを聞かれる。 
ひと通り質問に答える。
そのあと、可愛らしい看護師の女の子が二人入ってきて、まず一本注射を打つ。
その後、右手の親指の付け根を探り探り、そこに太めの針を刺した。
点滴をその場所からいれる時のヤツです。
ぐりぐり探られ、とても痛いです。
 結局入らなかったみたいで、二人であーだこーだ探りながら手首の下あたりに決まったよーで、そこへ針を打ち直す。ぐりぐり。痛い。
しばらくして「サクセス」と真顔で言われる。 よかったあ。
その刺したところから注射器で透明の液体2本を注入。医療のことはわからないが、点滴を注射器で入れてるような感じだ。 ゆっくり入れているつもりのようだが、なかなか早い。
そして早ければ早いほどピリピリ血管が痛い。こわーー 
あとで気づくが、看護師によって入れるスピードが違う。早いと痛い。 
プリーズ、出来るだけゆっくりにしてください。




血圧はもちろん、かわるがわる看護師が来て血液検査、心電図をとる。 心電図のスポイトみたいな吸盤がひとつ弱すぎて皮膚にひっつかない。 何度やってもコロリと落ちる。 仕方なく手で押さえながら測る。 
「ノーマル」と結果を端的に伝えてくれる。 
そして直径1センチのタブレットを飲みなさいとふたつ持ってくる。
飲む。飲み込むのにひと苦労だ。喉につかえる。 やっと飲み込めたかと思ったら喉の下の方にずーーーっとある。胃の入口あたり。


お昼ご飯は何がいい?と聞かれる。 チャパティ?ドーサ?ライス? ライスをお願いする。
お昼の時間を1時間半ほど大幅に遅れてランチ到着。 可愛い新聞紙とバナナの葉にこれでもか!とご飯が包まれている。 カレーもついている。 味は美味しい!! でもそこそこ辛い。病人食には思えない。 



スパルタだ。 再び直径1センチのタブレット二つ。 午前に飲んだのがやっと胃に馴染んだばかりなのにまたきた。
お茶の時間に何を飲む?と聞かれる。 チャイが飲みたい。とオーダーする。 またもや3時のお茶タイムから1時間半ほど過ぎてチャイが届く。嬉しい♡ 




夜ごはんは何にする?と聞かれたのでチャパティ一枚で。とオーダー。
それだけでいいの? 1枚?と信じられない?なんで?という顔をされる。
だってお昼のごはんてんこ盛りでお腹すいてないんだもん。



ディナーまでの間にまた謎の液体2本注入。 そして、夜もまた注入。
部屋にあるテレビでインドのMTVみたいな番組を観る。
男女が歌ってべったりねっとりひっつき合うお馴染みのヤツだ。嫌いでない。 
そして眠りにつきました。



2022年11月25日金曜日

自称アフターコロナのインドへ行ってきた〜日本へ帰れない!編〜

 positive reaction diary Episode 1 ⁡

出国72時間前の陰性証明のためのPCR検査。
この旅で1番の気がかりなことだ。 近くの病院でやってくれるのか? 
チェンナイ市内に戻らないといけないのか? 予約はできるのか?
チェンナイの日本領事館のホームページに載っていたところへメールするが返事はなし。
領事館に連絡したら、メールではなく病院へ電話で予約してくださいとのこと。 
日本で買って入れていったSIMはインターネットのみで通話はできない。 
アシュラムに滞在していたので、とにかくアシュラムに一度聞いてみよう!ということになった。
どこか検査できる病院がないか聞くと、すぐにラボの人を紹介してくれた。
ラボの方に会わせてもらい、日本の公式の書式を見てもらい、検査方法などを確認して、採取日をきめる。 神ーーー〜
72時間前に書類が出せるよう計算して、アシュラムに採取に来てくれることになったのだ。 なんとありがたい。
⁡7月9日 ごはん前にアシュラムの方が、ランチの後に採取するからとおしえてくれる。 
ランチ後、どこでするんかなーーと思いきや、こっちこっち、とアシュラムの庭で野外鼻咽喉検査実施。さすがインド〜 ⁡

7月10日 検査結果は11日朝に書類をもらう予定だったが、夕方アシュラムに行くと呼び止められる。 
“K!Kは誰だ?!ポジティブの結果が出たから今すぐ部屋に帰りなさい”と言われる。
”Kて私やん・・・がちょーーーーーん”
実は検査の前日から少し喉がイガイガしていた。 検査当日の朝は少し喉が痛かったのだ。
まさかやーーーー ⁡ 

7月11日 帰国は真夜中の便だったので、この日の午後にアシュラムからチェンナイへタクシーで行く予定だった。 
が、陽性のため友達二人はタクシーでチェンナイへ。
私は一人でアシュラムに残ることになった。うぇーん。
 一番の心配はSIMがあと数日で切れてしまい、ネットが使えなくなること。
数年前に来た時はネットカフェがあって、そこでSIMを入れてもらったことがあった。
ご存じないかもしれないけど、インドでSIMを入れるにはなかなか手こずるのだ。 
けれどもそこのネットカフェでサクッと入れてもらえて感動したことがあった。
今はネットカフェでなく、旅行会社になっていたが、もしかしたら入れてくれるかも?と思い、友達に頼んで聞いてもらったらなんと、入れてくれるということに! 
助かったあーーー神ーーーー✨ 
ネット問題も解決し、友達二人はチェンナイへ。
友達がアシュラムの事務所で聞いたところによると、私もチェンナイの病院へ受診に行かなければならないから待っていなさいと言われたようだが、どうやら行き違いで、待てど暮らせど迎えは来ない。食事も来ない。 丸一日食べてない。 夕方まで待っても誰も来ないので、仕方なくアシュラムの事務所に聞きに行ってみた。
”そんなことは言っていない。ここにいてもいいし、チェンナイに行って病院で受診してもいいし、どちらでもいいよ”とのことだった。
お腹すいたーというとすぐにチャイを持ってきてくれた。しみるーーう 
聞く人によって答えが違うのはインドのお家芸だ。
さて、どうしよう。 
ここにいるべきか否か。 
領事館に今の隔離期間は何日なのか?どうすればいいか?と連絡してみる。が、ウェブサイトの病院に電話してみてください。との返事。冷たい。
そーだ、まずはこのあたりで受診しよう。
そう思って、アシュラムのカンナムジが部屋まで食事を運んでくれた時に、この辺りでいい病院がないか聞いてみた。
すると、 “あなたはコロナだから受診はできません。往診もできません。薬が欲しいなら私が買って持ってきます”と、優しく諭される。

7月12日 朝食をカンナムジが持ってきてくれる。
娘に海外旅行の保険会社に問い合わせてもらったら、受診してくださいと言われたので、もう一度、どうしても受診したいですと伝えてみた。
しばらく考えて”それでは入院しますか?”
”はい、します!”
”わかりました、連絡してみます”ということに。 
しばらくするとカンナムジが来て”あと30分で救急車が来ます。4日分の用意をして後の荷物は置いておきなさい”と言われる。 
急いで用意をして、救急車を待つ。
初インドの救急車。なんだか、、、不謹慎やけどちょっと嬉しい。
救急車に乗る。 中は思っていたよりちょっときれい。 
が、道がガッタガタでお尻が浮くほど揺れる。



20分ほどで病院に到着。 あたりはのどかで田舎の清潔な病院っていう感じだ。
平家と二階建ての横長の建物。 
椰子の木や竹林や大きな木々に囲まれている。 



カンナムジも一緒に来てくれて、受付から何から、全ての手配をしてくれる。
親切すぎる。
手続きは全て済ませてくれ、個室に案内される。
5000ルピーのデポジットをカードで払おうとしたが、ネットがうまくいかず、キャッシュで4000ルピー支払う。 
救急車が2500ルピーだったそうでそれもカンナムジ個人が立て替えてくれた。 もう感謝しかない。 








ということで、入院までのリポートでした。 続くぅ〜